2026年2月26日木曜日

【モデル-3】新規就農者向け「適正規模・労働最小化」モデルの数理的定式化

1. 概要と背景

本モデルは、家族経営農業における「規模拡大に伴う収穫逓減(管理精度の低下)」を考慮したモデル-2を土台とし、新規就農者特有のリアルな課題を組み込んだ拡張版(モデル-3)です。

新規就農においては、単なる「売上と労働時間」のバランスだけでなく、「初期投資(イニシャルコスト)と資金繰り(融資返済)」、そして「未熟練による作業効率の低さ」が極めて重要なファクターとなります。本モデルは、これらの要素を数理的に統合し、「借金返済に追われて過労に陥る」といった新規就農の失敗パターンを未然に防ぐための意思決定支援を行います。

モデル-3 で追加された主要素
  1. イニシャルコストと融資条件: 作物ごとの初期投資額、自己資金、金利、返済期間から年間の元利均等返済額を算出。
  2. 借入限度額(与信枠)制約: 信用実績のない新規就農者の現実的な借入上限を設定。
  3. 習熟度(スキルレベル)パラメータ: 未熟練による「適正規模の縮小」と「労働時間の増加」を自動補正。
  4. 就農支援の補助金: 農業次世代人材投資資金などの定額収入を資金繰りに考慮。


2. 数理モデルの定義

〈決定変数 (Decision Variables)〉

  • $x_j \ge 0 \quad (j = 1, 2, \dots, n)$
    • 作目 $j$ の作付面積(単位:10a)。

〈目的関数 (Objective Function)〉

資金繰り等の制約を満たしつつ、習熟度で補正された年間の総労働投入量を最小化します。

$$\text{Minimize} \quad Z = \sum_{j=1}^{n} L^\prime_j x_j$$

  • $L^\prime_j = L_j / k_{skill}$ :作目 $j$ の単位面積あたり年間延べ労働時間( $L_j$ :ベテランの労働時間、 $k_{skill}$ :習熟度 $0 < k_{skill} \le 1.0$)。

〈規模連動型収益モデル (Non-linear Revenue Model)〉

単位面積あたり粗収益 $R_j(x_j)$ を、作付面積 $x_j$ に依存する有理関数として定義します。習熟度により、ピークを迎える適正面積が縮小します。

$$R_j(x_j) = R_{base, j} + (R_{peak, j} - R_{base, j}) \cdot \frac{2 x_j P^\prime_j}{x_j^2 + (P'_j)^2}$$

  • $R_{peak, j}$:適正規模時の最大単収益。
  • $R_{base, j}$:管理限界を超えた際の底値単収益。
  • $P^\prime_j = P_j \times k_{skill}$:習熟度で補正された適正作付面積(ピーク面積)。

〈制約条件 (Constraints)〉

  1. 資金繰り制約 (Cashflow Constraint)
農業粗利益と補助金の合計が、最低限の生活費と融資の年間返済額を上回ること。

$$\sum_{j=1}^{n} \left( R_j(x_j) - V_j \right) x_j + B \ge I_{living} + PMT(x)$$

  • $V_j$:単位面積あたり変動費。
  • $B$:年間補助金(就農支援金など)。
  • $I_{living}$:最低限必要な年間生活費。
  • $PMT(x)$:年間返済額。以下の式で算出します。
$$PMT(x) = \max\left(0, \sum_{j=1}^{n} C_{init, j} x_j - S\right) \times \frac{r(1+r)^y}{(1+r)^y - 1}$$

( $C_{init, j}$ :初期投資額、 $S$ :自己資金、 $r$ :年利、 $y$ :返済期間)

  1. 借入限度額制約 (Loan Limit Constraint) 
総初期投資から自己資金を引いた借入額が、与信枠を超えないこと。

$$\max\left(0, \sum_{j=1}^{n} C_{init, j} x_j - S\right) \le D_{max}$$

  • $D_{max}$:借入限度額。

  1. 土地資源制約 (Land Constraint)

$$\sum_{j=1}^{n} x_j \le A$$

  1. 月別労働制約 (Monthly Labor Constraints)
習熟度で補正された各月の労働需要が、家族労働供給限界を超えないこと。

$$\sum_{j=1}^{n} l'_{jt} x_j \le H_t \quad (\forall t \in \{1, \dots, 12\})$$

  • $l^\prime_{jt} = l_{jt} / k_{skill}$:補正後の月別労働係数。


3. Pythonによるシミュレーション

シミュレーションコードは GitHub をご覧ください。


4. 本モデルがもたらす洞察(新規就農者へのアドバイス機能)

このモデルを動かすことで、新規就農者が陥りがちな以下の罠をシミュレーションで回避・可視化できます。
  1. 「施設園芸(ハウス)の罠」の回避 
施設トマトなどは面積あたりの収益が高いですが、イニシャルコストが莫大です。本モデルでは「ハウスを建てすぎると借金返済(PMT)が膨らみ、結果的にそれを返すために過労(労働時間増大)になる」という現象が数学的に計算され、「借金返済と労働のバランスが取れるギリギリのハウス面積」 を弾き出します。
  1. 「未熟練の罠」の可視化  ;
習熟度(skill_level)を0.5(ベテランの半分)などに設定すると、適正規模が極端に小さくなります。これにより、「最初は無理に面積を広げず、補助金(subsidy)に頼りながら露地野菜などの低投資作物で食いつなぐべき」という堅実なポートフォリオが提案されます。
  1. 自己資金の重要性の証明
self_capital(自己資金)のパラメータを減らすと、「自己資金が少ない状態で高収益・高投資作物に手を出すと、資金繰り制約を満たせず破綻する(最適解なしになる)」ことが明確にわかります。就農前の資金計画の妥当性を検証するツールとして機能します。


5. 実装・運用におけるリスクと対策

  • 補助金切れ(クリフ)への対応
就農支援金(subsidy)は通常3〜5年で打ち切られます。運用時は、subsidy = 0 かつ skill_level = 1.0(5年後の熟練状態)のシナリオも同時に計算し、「補助金が切れた後でも自立できる経営計画か」を検証することが必須です。
  • 金利変動リスク
日本政策金融公庫などの固定金利を想定していますが、変動金利を利用する場合は interest_rate を高めに設定したストレステストを行うことが推奨されます。

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モデル-2に引き続き、新規就農時の初期投資や習熟度といった課題を反映したモデル-3を作成してみました。